私の実家は東京の秘境、武蔵村山という場所なのですが、そこは所沢と隣接した街なのです。所沢と言えばそうです、西武ライオンズですね。しかし、私がロッテファンとなった当時ライオンズはここにいませんでした。具体的にいつかってのは調べればわかるんでしょうが、確か西武がやってきたのは私が小学校低学年ぐらいの頃だったと思います。
西武ライオンズの前身はクラウンライターライオンズというチームでしたが、万年ウルトラ最下位のチームでした。そんなヘボっちいチームが所沢にやってきたのです。しかし!やってきただけでは無かったのです。大型トレードをしてチームは生まれ変わり、チームのライオンのマークも手塚治虫さんがデザインしてかっちょいいマークに。ユニホームも毛虫みたいな色だったのが鮮やかなブルーに。都会的なスマートなチームになったのです。
その大型トレードの中身ですが、目玉は”田淵”でした。あの阪神の田淵、がんばれタブチくんの田淵です。チビッコの人気者です。そしてなんと私の敬愛する山崎選手もライオンズのメンバーとなったのです。確かヨボヨボの野村もトレードできたたような気がしますが。
自転車でたった40分。父親の車に乗っていけば30分ぐらいでプロ野球が見れるというのは感動ものでした。プロ野球というのは延々と電車に乗らなければ見れないもの、と思っていましたから。
というわけで、心はロッテファンのままでしたが西武ライオンズのファンクラブに入ったのです。このファンクラブがすごかったのは小中学生は年会費さえ払えば何度観戦しても無料という特典がついていたことです。おかげで、年間何度西武球場に行ったことか。しかし、なるべくロッテ戦を選び必ず三塁側に入っていました。ロッテファンの魂までは売らなかったのです!